広瀬川歩記56

続けてもいいかな?

むかしむかしのある日、私は一人の老考古学者から思わぬ話を聞いたことがある。

この先生は1度に数十人の顔を覚えられる人だったが、その特技は先天的なものなのかトレーニングの賜物なのかを、暗記力の無い私はどうしても知りたくて不躾にも窺ったのである。

それまではこの質問に決して答えようとしなかった先生であったが、ご自宅で、しかも私以外に誰もいなかったせいか、その時は静かに語り始めたのである。

いわゆる戦前、陸軍には中野学校と呼ばれるスパイ養成機関があったが、先生はそこかそれに相当する別機関なのか、陸軍の命令で一定の訓練を経た後、自主的、学問的関心の名目で中国奥地の発掘調査に行かされたという。

目的地に着くまでの間ろくな地図も無い、しかし地図を作成していることがバレたらたちまち捕まってしまう。だからルートの情報はすべて暗記しなければいけない。また調査中に近隣に関する情報も丹念に集め、これも頭に納めなければいけない。

軍に報告するまでの間、膨大な量の情報を記憶として残しておく必要があったのです、ということであった。

話の最後に先生は、考古学という学問まで国家に利用される時代だったと嘆息を交え私に語った。そのことを伝えようと思い立ったらしい。