広瀬川歩記54
化石の崖
澱橋の下に人がいる。医院の下から美術館の下へと崖伝いに移動していく。
化石を取りに行くのだ。
この辺りでは、広瀬川の南岸は垂直の壁を作っており、崖下を移動する人に足場はほとんど無い。緑地公園を作る北岸とは大違いである。
その南岸を季節を問わず2~3人の人、時によっては単独で、逆にグループで人々が訪れる。
小さい子が親に連れられてくることもある。高校生や大学生のグループが教員に引率されてくることもある。
皆、化石の採集あるいは観察に来るのだ。
ところが崖ではない北岸にも、どうかすると化石の岩がひょっこり姿を見せることもある。
中には貝でできているのかと思うほどの岩石が顔を出すこともある。
採集した人が、持って帰ったあとそれをどうするのかは知らないが、私は見つけると、下手に触らない方がいいな、そのままで研究者にも発見されるといいな、なんて思ってしまう。
こんなことを考えるのは、ぼくが多少考古学をかじったせいかもしれない。
考古学では遺物と遺構という区分があって、遺物は移動によってもそれほど価値を減らさないもの、遺構は不動産であり、原位置が問題となるものという違いがある。土器は遺物、住居は遺構である。
で、私が撮影した岩石はどこからか転がってきたものであるから遺物ではあるが、何の記録もせずに貝を引っこ抜くのはやはりためらわれるのだ。
化石を採集する人たちは採集地や採集年月日を記録するのだろうか。