広瀬川歩記110

自粛・厳粛

娘夫婦は「4日から仕事だ。」と嘆息しながら帰って行った。

私はといえば、年末であることを知るのはテレビでなじみの番組が消え、特番が増えた時である。そこから正月三が日までは”馴染み”が戻ってこないことは、私もよく知っている。だが365連休者にとって、旧年も新年もあまり意味を持たない。まして仕事始めの緊張感なんて遠い過去のこと。

正月をもっとも感じさせるのは「箱根」である。しかし今年ほど往路と復路の強いコントラストを見た年はなかった。ひた走る姿はあくまでも力強く、しかも悲愴である。特番が決して生み出さない笑顔と苦痛にゆがむ顔を、テレビは非常にも交互に映し出す。観る者はその残酷さの中にかすかに実況者の励ましの声を感じ取る。

初詣は止めようといっていたのに、やっぱり今年も箱根のあと、川縁を歩いた延長で参拝に向かった。

例年だったら、八幡さまから最も遠い臨時駐車場にも、参詣客は次々に車を乗り入れるのに、今年は三日間ほとんど見ていない。

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参道はこのとおり

これ以上無いほどの「密」を作るはずの参道も閑散としている。脇の店から流れてくる焼きとうもろこしのニオイだけが神社のお祭り日なのだと伝えてくれる。  

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狛犬

あっという間に参拝が終わり、人はもちろん、狛犬もマスクする2021年がやってきた。